有限会社 新福青果

達人名:新福 秀秋 Shinpuku Hideaki
    有限会社新福青果 代表取締役
ジャンル:農業 Agriculture
宮崎県都城市 Miyakonojo-City Miyazaki

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農業を企業的経営で再構築!
安定した生産・販売・労働管理で、若手の人材育成を可能に。

1952年、宮崎県都城市生まれ。繊維メーカーでサラリーマンとして勤めた後、親に反対されながら家業である農業を継ぐ。だが、継いですぐに親が反対した理由を知り愕然とした。当時、農業経営の在り方や労働形態は企業として成り立っておらず、高い将来性が見い出せなかったのだ。そこで彼は改革を決意、1987年には全国に先駆け法人化を果たし、独自の販売ルートを開拓し始めた。同時に、労働環境の整備にも取り組み、それまでの農業ではありえなかった休日の設定、年間を通しての雇用、保険の適用など次々と導入。また、ITを用いた農場の一元管理、技術マニュアルの共有により、若くして農業を志す人々を常に受け入れ育成を続けてきた。加工品についても、規格外の野菜を活用するなど、収入の安定化を図るだけでなく、家庭での調理工程を軽減する消費者のメリットにまで着目するのが新福流だ。
(2013年3月4日 取材・撮影/RPI)

有限会社 新福青果

インタビュー

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企業としての安定性が魅力となり、
農業を志す若者が続々と集結。

620C5551(sagyo).jpg農地は約90ヘクタール。なるべく近場の耕作放棄地を引き受け直営農場としているが、地図上では様々な作物の畑がパッチワークのように点在。効率的な管理が求められる。 男性社員は11名で、平均年齢は20代。宮崎の新福青果は、農業の世界では珍しい人員規模と若さを誇る。「とても元気があって良いのですが、若さゆえの欠点もあります。失敗をよくやってくれますし、機械などもぶち壊してくれます。」と語りながらも笑みを絶やさないのは、新福青果の代表取締役である新福秀秋さんだ。明日の農業を担う若手を自社で育てるべく、常に一定数の新人を抱えてきた。では、なぜ新人はこぞって新福青果の門を叩くのだろう。それは、新福青果が企業としての体を成しているからだ。

 新福さんが24歳にしてサラリーマンから農家へ転身を果たしたころ、365日を犠牲にして農作業に打ち込むのが常識であった。稼ぎも不安定で、作物ができたタイミングでしか現金を得ることができない。そのままのスタイルを踏襲していたとすれば、後継者不足に悩む他の農家と同じ道を辿っていたに違いない。今、新福青果では日曜祭日に休みがとれ、一定の給料が得られ、失業保険や退職金制度といった福利厚生面も万全だ。1980年代、新福さんが農業界では前例のなかった法人化を、手さぐり状態のなかで進めていったおかげである。


消費者のニーズをくみ取り、
20年前より一次加工商品に着手。

620C5573(imo).jpg消費者目線に立った商品開発もお手の物。規格外として流通にのせられなかった小サイズのさつまいもは「おやつ芋」の名で販売、品薄になるほどの人気に。 新福さんは、せっかく農作物を作るのに消費まで責任を持たないスタイルを“おらが農業”と表現してみせた。「食べないのならあげないし、お金も要らない」で終わってしまい、事業として成り立たない。日曜や祭日も返上して働くわりに収入は不安定、しかし家族農業であるから人件費は払わなくても済み、自給自足で事足りるから成長や進化が見られない。「江戸時代の農業がまだ残っているのです。時代が移り、機械、飼料、種子を外部から仕入れるようになったとき、私たちはそれらを『事業』として分析し直さなければいけませんでした。」と、新福さんは語る。

 年間収入を月毎に割れば給料の額は出せるとして、そもそも安定した利益を産み出す農業を確立しなければならない。豊作と不作のバラつきを解決するため、必然的に辿りついたのが貯蔵と加工というアイデアであった。消費者のニーズを探りつつ、忙しい主婦が喜びそうな一次加工品を約20年前に手掛けはじめたのだ。泥つきのままでなく、きれいに洗い細切りにまで加工した「きんぴらごぼう」などは、今でも売上の一翼を担う。

農業のIT化により、
匠の技術伝承、畑作業の効率アップへ。

620C5542(jyugyoin).jpg新福青果を巣立って1個人での農業経営を試みる者、また限界にぶつかり戻ってくる者もいる。彼らは若さゆえに失敗を糧とし、また次のチャンスへ繋げていくという。 収益を安定化させるための策としては、農業へのIT導入も挙げられる。人材、資金、販売を総合的にまとめるIT化、情報の一元化が新福青果には必要だった。農業に新しい風を吹き込むため、農業経験の無い若者たちを受け入れるようにもなったが、彼らに効率よく技術を習得させなくてはならない。新福さん曰く、「私たちは何十年と農業をやっているから、気温、水分量、日射量、土壌のPH値による影響が勘で分かります。若者たちには、働いて1~2年では無理ですが、だからといって習得までに何十年もかかるようではリスクが大きすぎます。また、高齢化により、そういった匠の技術の多くは喪失してきてもいます。そこで、富士通さんとともに、農業経験の勘というものを数値化しました。」

 新福さんは富士通との提携にあたり、富士通の担当社員には年間を通して新福青果で実際に農作業を行うことを薦めた。何をどのように数値化すべきか、現場を知る者でしか判断できないからだ。結果、農業のIT化は成功。トレーサビリティシステムを機能させ、畑の管理はスマートに行えることとなった。また、各スタッフの動きもデータ化して追えるように。GPS機能で畑への出入時間が記録され、作業時間が自動的に算出されるのだ。おかげで、農作業を終えた後、会社へ戻り疲れ切った体で日報を書く必要もなくなった。IT化は、畑にも人にも嬉しい結果をもたらした。


輸出も可能な
世界に通用する工程管理を実現。

620C5574(yasai-hako).jpg露地栽培だが、多品目の野菜を育てて常時一定の収穫量を確保。野菜は約30種、ほかに一次加工品と呼ぶ賞味期限の比較的短い商品を扱う。 成功事例だけでなく失敗事例もデータベース化し、工程管理、食品衛生管理のノウハウを築き上げてきた新福青果。そのチェック項目は300にも及ぶ。おかげで、食品の安全性確保のために定められた世界的な基準「グローバルGAP」を満たし、世界中への商品輸出も可能となっている。そうして、高配当を誇る法人として多くの企業が株主としての参画を希望している。六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画の認定によって資金の補強がしやすくなれば、さらなる人材育成や販売先の開拓に力を注ぐことができる、と新福さんは意気込む。

 新福さんが目指したのは、農業を総合産業とすること。人を組織し、農業による地域の活性化へと繋げていく、そのための環境整備に必要だったのが6次産業化だ。「新しいことや、変わったことをやったという意識はありませんでした。生産規模を拡大しなければ経営の安全、安心はないという考えで、企業の社長をやらせてもらっただけ。」と、新福さんは謙虚な口調を崩さない。定年退職を迎えるまで、あと5年。今でも休日は自身の畑を耕しており、退職後は一農家としての立場で新福青果と関わっていこうと決めている。今はひたすら、後継者が腰を据えて長く働けるよう、新福さんは資金面を含めた企業力の強化に努める所存だ。


サポーター

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ここで働く仲間、外部でサポートしてくれる仲間がいて成り立っている

620C5486(supporter1).jpg 有限会社新福青果の総括本部課長、吉岡真一さん。
農業未経験で新福青果に入社し、社長の新福さんに鍛え上げられた。新福さんの意を汲み片腕として活躍する今は、若い社員を束ねる兄貴的存在でもある。新福青果では必ずどの社員にも語られるという話を、吉岡さんは披露してくれた。「ここでは、『給料をあげてほしい』と社員が言えば、『自分で額は決めればいい。そして、何をすればその額をもらえるか考えてほしい。会社のためにどれだけ貢献すればいいか。一人で考え、一人でやるのではなく、皆で解決することでお金はもらえる』と返されます。」



達人からのメッセージ

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 新福青果では、農業に縁のなかった人が集まって、共に事業をやってきました。ここから育っていった若者は44人。皆が仲間であり息子、娘ですから心配にもなります。50、60歳になって後悔するようではいけませんので、私がやってきたことを共有してもらおうと、暇があれば話をするようにしています。今でも多くの人たちが新福青果に関わってくれていますが、彼らが応援してくれなかったら、今日の企業規模は成り立たなかったでしょう。つまり、農業経営とは、組織作りなのです。

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有限会社 新福青果の製品

001 旬菜三昧 洗いさといも
 従来は加工業者へ渡す段階で終わっていた農産物を、自前の設備で一次加工することで、スーパーマーケットや百貨店へ直接販売することができるようになった。現在、取引先は100社ほど。

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002 旬菜三昧 キンピラごぼう
 根菜類の消費量は年々減る一方。その理由は、土を洗い流し、皮をむく手間がかかるから。カットまでされている加工品は、土のついたままの根菜類よりも台所で手軽に扱え、料理にかける時間を短縮したい多忙な人々に好評だ。

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