株式会社 粟

達人名:三浦雅之 Masayuki Miura 代表取締役社長
    三浦陽子 Yoko Miura    専務取締役
    株式会社粟
ジャンル:農業 Agriculture
奈良県奈良市  Nara-City Nara

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地元の宝物になるように育てていきたい6次産業化
だからこそ「ちいさな農業」でも構わない

三浦雅之さん:京都府出身、1970年生まれ(写真左端)。妻・陽子さん:奈良県出身、1968年生まれ(写真右端)。『伝統野菜の復興で地域づくり』をテーマに、1998年から三浦夫妻が奈良市近郊の中山間地で取り組んでいるのが、奈良県内の在来作物の研究や栽培保存。種を譲り受けるなどして二人が栽培してきたのは、大和伝統野菜を中心とした100種類以上の野菜やハーブ。そして、さらにテーマを掘り下げていくための方法として、2002年に農家レストラン「清澄の里 粟」をオープン。レストランの運営を通じ地域の人々との交流も深まり、三浦夫妻は、伝統野菜の調査研究、情報発信を行う拠点として「NPO法人清澄の村」と、伝統野菜を栽培し採種も手がける組織として「五ケ谷営農協議会」を設立。農家レストランも法人化して「株式会社 粟」となり、この3つの組織が連携して6次産業化を図り、農業や農村地域が自立できる道を模索していく取組は「プロジェクト粟」と呼ばれ、注目を集めている。
※写真はスタッフ、サポーターの乾さん、阪本さんと一緒に。三浦さん夫妻の畑の前で。
(2014年6月12日 取材・撮影/RPI)

株式会社 粟
http://www.kiyosumi.jp/

インタビュー

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日本の福祉の姿に疑問を感じたことから始まった
「地域づくり」と「伝統野菜」との関わり

01_620C3936_R.JPG「ご縁があって、分けていただいた種には作っていただいた方々の価値観があります。野菜そのものの食感や魅力を把握して、きっちり表現していくことを心がけています」と話す三浦雅之さん。 三浦さん夫妻が、伝統野菜と出会った場所は、海を越えたアメリカだった。福祉の研究職に就いていた雅之さんと、総合病院で看護師として働いていた陽子さんは、「新婚旅行は医療や福祉の見聞を広げる機会にしよう」とアメリカへ旅立ち、縁あってネイティブアメリカンの集落を訪れた。そこで見た光景について雅之さんは、「集落にお年寄りはいるのに要介護者はひとりもいない。生涯現役で農作業に携わり、コミュニティの知恵袋として大切にされている老人たちを見て、ここには僕たちが関わってきた福祉の必要がないことに気付きました」と話す。

 そして集落の家の中に飾ってある色とりどりのトウモロコシの種を見て、「大切なのはこれに違いない!」と直感。「トウモロコシは主食であり、日本人にとってお米と同じです。集落のコミュニティはトウモロコシを共同で育てることで成り立ち、食文化も継承されていきます。ひとつの文化を共有する核のところに、先祖代々受け継がれてきたトウモロコシの種があることに気付きました」と雅之さん。そして、「日本でトウモロコシに当たるのは何だろう?」と考え、この答えを探すために、農業を体感できる暮らしをしてみることに思いは至った。

夫婦で掲げたライフワーク『大和伝統野菜の復興で地域づくり』

02_620C3696_R.JPG仏様のてのひらを連想させるような形をした山芋「仏掌芋(ぶっしょういも)」。店内にディスプレイされた伝統野菜は見た目もユニークなものが多く、お客の目を楽しませている。 帰国して間もなく、三浦さん夫妻は、奈良県内をドライブ中「農業情報・相談センター」の看板を見かけ思わず車を停めた。そして、奈良の伝統野菜について問い合わせをしてわかったのは、当時の農業試験場にリストアップされていた伝統野菜は、たったの9品目だったこと。数の少なさに落胆する二人に、センターの人が言葉を添えた。「把握できていないだけで、実は大和には伝統野菜が多く残っていると思います。探してみては?」このひとことで、三浦さん夫妻は、「誰もやっていないのなら自分たちでやってみよう。それだけの価値がある。奈良の伝統野菜を探しながら農業を学ぶことを始めよう」と決意した。

 仕事の合間を縫いながら、自然農法の第一人者の川口由一さんが主宰する奈良県の赤目自然農塾に農業を学びに訪れ、また、縁を頼りに、換金作物でない伝統野菜が残っている地域へリサーチにも出かけた。「見聞を重ね見えてきたのは、伝統野菜が残っているところは伝統芸能が残っているということ。生物の多様性も高く、お年寄りも生涯現役で働いている比率が高い。そして、コミュニティの機能が残っているところが非常に多いと感じました。自然環境と人間の幸せは深く結びついていることを再確認でき、アメリカで感じたことは間違いではなかったと強く強く感じました」と雅之さんは振り返る。

「足りない野菜は作るよ」と地元の農家の人たちも協力
伝統野菜を使った農家レストランを開店

03_620C4070_R2.jpg03_620C4070_R2.jpgレストラン開業に当たって陽子さんは、料理の先生について1年間修行。季節の野菜を素材にしたコース料理は、『ミシュランガイド京都・大阪・神戸・奈良2012』で、ひとつ星を獲得した。 そろそろ自分たちの畑を持ちたいと思い始めた時、知人の伝手で、奈良市の郊外に場所を提供され、雅之さんは開墾作業を始める。地元の人たちと次第に打ち解けて交流していくうちに、農家の人たちが当たり前のように栽培し、自給用に食べているものに伝統野菜があることに気が付いた。70年前に台湾から導入された奈良県奨励品種の里芋の「烏播(うーはん)」や、細くて長い形状が特徴の「ひもとうがらし」、自給用品種の中では特に人気の高い「どいつ豆」など、見たことのない野菜との出会いは、三浦さん夫妻にとっては、どれも新鮮で感動の連続だったそうだ。

 そういった伝統野菜の種を分けてもらい栽培しながら、開墾作業も3年で終了。野菜の収穫も少しずつできるようになった頃、二人がライフワークと決めた『伝統野菜の復興で地域づくり』は次のステップに移る。第一の方法として考えていたのはNPO法人の立ち上げだったが、陽子さんが、レストランの開業を提案。「二人のテーマを当たり前のように広げていく仕組み作りとしては、レストランが最適ではないかと思いました」と話す陽子さん。自分たちの畑では足りない食材を地元の兼業農家の人たちがバックアップしてくれることになり、料理は陽子さんが手がけることになった。




食材調達など地元の人々のバックアップを受け運営
コミュニティの場としても機能している農家レストラン

04_620C3672_R.JPGレストランのベランダに訪れる人気者のヤギ、ペーター一家。「清澄の里 粟」は1日20組限定の完全予約制。予約が取れにくい店としても知られる。 三浦さん夫妻が根をおろそうと決めた場所は、奈良市中心部から離れた中山間地で飲食店の立地条件としては極めて難しいところだったが、二人には、「ここが人が集う場所になる」という確信とイメージがあった。それを後押ししてくれたのは、全国放送の『人生の楽園』というテレビ番組への出演だった。「風変わりなレストランというのが話題になったのでしょう(笑)。取材が取材を呼び、多くのメディアに取り上げていただきました」と話す雅之さん。2002年1月5日にオープンした農家レストラン「清澄の里 粟」は驚くぐらいのスピードで軌道に乗った。2008年には個人事業であった農家レストランを法人化、翌年には、高樋町から車で15分の奈良町に2号店をオープンさせた。2号店には、伝統野菜の魅力を奈良の観光のど真ん中で発信していきたいという目的があった。

 ただ、三浦さん夫婦にとって飲食店経営は手段であり目的ではない。営業時間以外には地域の人々がお茶を飲みにきて、年に一度の忘年会をとても楽しみにしている地域コミュニティの場でもある。また、農家レストランの人気者のヤギは、地域の子供たちにとっても欠かせない存在となっている。レストランの運営を通じ、地域の人々の交流がさらに深まり、三浦夫妻は2つの組織を立ち上げる。


家族が好きな野菜を作る、食べる
「大和の伝統野菜は家族野菜」というキーワードが見えてきた


店舗外観.jpg高樋町を含むこの地域は、その昔「清澄の里」呼ばれていたそうだ。また「粟」の屋号には、大和伝統野菜や人の和が広がる種火のような場所に、という想いが込められている。 「最初はレストランを通じて、地元の農家の方たちに野菜を作ってもらっていましたが、これを個人的な活動にするのではなく、地域の宝物にしていくために、その方法論としてNPO法人を立ち上げました」と話す雅之さん。「NPO法人 清澄の村」は、伝統野菜をはじめとする地域資源、農村文化を調査・保存し地域づくりに役立てていくことを目的としており、また、昭和30年代に農家で家族同然に飼われていたヤギの飼育を今に伝え、遺伝子を残していくことも、その取組のひとつとしている。そしてもうひとつ、伝統野菜を栽培し採種も手がける組織として「五ケ谷営農協議会」を設立。この2つの組織と、農家レストランを運営する「株式会社 粟」が連携して6次産業化を図り、農業や農村地域が自立できる道を模索していく取組を「プロジェクト粟」と呼んでいる。

 現在、「プロジェクト粟」が取り組んでいる6次産業化は、農家レストランで提供されている和菓子「粟生(あわなり)」の製造・販売。素材となる「むこだまし」は、粟の中でも最高品種と言われるもので、縁あって譲り受けた貴重な種から栽培されている。まだ試行錯誤の繰り返し途中で、原料の量産はできないが、プロジェクトに焦りはない。伝統野菜の本質、それが受け継がれてきた理由を突き詰めていくうちに辿り着いたのは、「大和の伝統野菜は家族野菜」というキーワードだったからだろう。地元の兼業農家の人々が定年退職後に豊かな自給菜園を手掛けること、大儲けしなくても年間100万円前後の収入が見込める「ちいさな農業」を続けていくこと、家族が喜ぶことできる持続可能な仕組みを、三浦さんたちは、ゆっくりと着実に育てていこうとしている。


サポーター

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〜ここで働く仲間、外部でサポートしてくれる仲間がいて成り立っている〜

粟をサポート 1

五ヶ谷営農協議会 設立メンバー
NPO法人清澄の村 役員 乾和彦さん(55)

6次産業化の中核となる最高品種の粟
「むこだまし」の栽培を行い、種をつなぐ役割を担う

サポーター01_620C3762_R.JPG山野草が大好きという乾和彦さん。農家レストランには、お米も提供している専業農家。ちなみに乾さんの奥様は、「清澄の里 粟」でスタッフとして働いている。 三浦雅之さんが師匠と仰ぐ農家・鳥山悦男さんの甥の乾和彦さん。三浦さん夫妻は、乾さんの両親からも野菜作りのアドバイスを受け、乾さんの娘さんたちは「清澄の里 粟」でバイトをしたこともあり、また、お孫さんはヤギの世話をしてくれている。親子四世代に渡り付き合いがあり、乾さん自身は、雅之さんにとっては頼りになる兄貴のような存在。昨年、兼業農家から専業農家となり、6次産業化の中核となる粟の最高品種「むこだまし」の種を三浦さんから預かり、試行錯誤を重ねながら栽培をしている。

 「むこだまし」の種は、少ない噂をたどり、三浦さんがテレビ番組の取材クルーと訪ね歩き、奇跡的に出会った大変貴重なもの。奈良県十津川村でたったひとりの老女が大切に保管していた種を譲り受け、五ヶ谷営農協議会のメンバーで栽培・保存していくことになり、乾さん他数名のメンバーが担当となった。「私はむこだましの種つなぎ(採種)を担当していますが、親父やおふくろは、大和の野菜や三浦さんが見つけて持ってきた、私らも全然知らないような種を栽培しています。営農協議会のメンバーで分担して、いくつもの種をつないでいます」と話す乾さん。「プロジェクト粟」に関わる主要メンバーのひとりである乾さんにとって6次産業化は、「農家は作物を作るだけでなくて、自分らで加工して、販売していく仕組みを作り、そこで働く人も雇用できるようになったらいいと思います」と抱負を語ってくれた。三浦雅之さんも、企画担当という役割で名を連ねる五ヶ谷営農協議会には現在、地元の農家12軒20名がメンバーとして活動する。

粟をサポート 2

五ヶ谷営農協議会 設立メンバー
NPO法人清澄の村 役員 阪本慎治さん(51)

農業アドバイザーでもあり、伝統野菜の提供者、
そして良き相談相手として三浦夫妻をサポート

サポーター02_620C3827_R.JPG中学・高校の国語の先生として教鞭をふるい、農業も営んでいる兼業農家の阪本慎治さん。三浦雅之さんからは、「教育に携わってる方なので、人を育てたり、人との接し方が素晴らしく、頼りにしている方です」と紹介された。 阪本さんと三浦さん夫妻の出会いは、12年前にさかのぼる。「出会った当時の印象は、よそから来てるけど、まぁなんか面白いことしてるなぁでしたけど(笑)、しがらみがなく、いろんなことを改革してくれる。でも突っ走ることなく、僕たちにいろいろ話してくれる、相談してくれる。今はこの地域にいてくれないと困る人、ありがたい存在です」と三浦雅之さんについて語る阪本さん。

 6次産業化について三浦さんは、「乾さんも阪本さんも、みんな忙しいけれど、粟の栽培方法の試行錯誤やレシピの改良など、10年以上かけて準備をしてきました。これが、これからの未来に向かって、いい感じで進み始めています。慌てず、粛々と育てていきたい」と語っていたが、この思いは阪本さんも同じ。「農業をつなげていくことが大事。僕がおじいちゃんに教えてもらったことを次につなげていかなくてはいけない。自分が主役じゃなくて、上手にパスしていくことが自分の役割だと思います。そうして、維持していきたいのは、大きな農業ではなく、ちいさな農業。一人が儲けたらイカンと思うし、大きなお金が動くと地域はギクシャクしてしまいます。おじいちゃんやおばあちゃんが、孫にアイスクリームを買ってあげられるくらいのお小遣い稼ぎがちょうどいいかもしれませんね(笑)。三浦くんと共に、6次産業化に関わるひとりですが、僕自身は1次産業で地道に人に喜ばれるものを作りたいと思っています」と話す。三浦夫妻にとっては、忌憚なく話し合える兄貴のような存在で、農業のアドバイスもしてくれる心強い存在だ。



達人からのメッセージ

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6次産業化は、事例も考えも様々で、またいろんな地域性があり、面白いと思います。農業の6次産業化は「自給文化の社会化」にもつながり、昭和30年代まで農村にあった豊かな文化をもう一回紡ぎだしていくような可能性を持っていると思います。

そういった意味では、私たちが根をおろしている「清澄の里」は、地域づくりに必要なヒントと、その可能性を多く秘めている場所だと感じています。僕たちの応援者の第1号で、師匠と仰ぐ農家の鳥山悦男さんから「土づくりのような経営をしなさい。野菜作りも店作りも同じ。慌てて実りを求めたら、いろんなところにひずみがくるよ」と教えていただきました。多くの飲食店の目標は、年商や店舗数で見える数字だと思いますが、うちはそれだけではありません。野菜だったら土からしっかり手入れして、大事に育てることから始める。そうしていると、自然は恵みを授けてくれる、与えてくれる。そういう経営が理想なんじゃないかなと思っています。

粟の商品

001 粟おまかせコース
農家レストラン「清澄の里 粟」で提供されている料理は2種類のコース料理。こちらは3,500円(税抜)のコース。清澄の里で育てられた野菜を素材にした、季節のジュース、前菜、和物、お総菜、季節食材の煮物、野菜の豆乳鍋、揚物、季節の色御飯、香物、お味噌汁をいただける。食後にはデザートと飲み物(コーヒーまたは奈良産の和紅茶)がついている。

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002 粟大和野菜のフルコース
農家レストラン「清澄の里 粟」で提供されているもうひとつのコース料理。こちらは5,000円(税抜)。「粟おまかせコース」に加えて、大和牛を使用した料理と、清澄の里で収穫される季節の伝統野菜を食材としたフルコース。食後にはデザートと飲み物、そして和菓子の「粟生」もいただける。

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003 粟生(あわなり)
粟の中でも最高級とされる粟の一種「むこだまし」を生地に使った和菓子で、幻の小豆といわれる風味高い白小豆や宇陀大納言小豆、そして季節ごとに変化する季節餡(あん)と共に楽しめる。粟の独特の食感を活かそうと改良に改良を重ね考案された和菓子で、ぷちぷちとした食感を楽しめる。多くの粟の品種は脱穀すると黄色くなるのに対し「むこだまし」は白くなり、これで餅を作ると餅米でついたような白い餅ができあがる。お婿さんが米の餅と間違え、騙されてしまうほど見分けがつきにくかったことから、この名前がつけられたとか。和菓子「粟生」は、三浦さん夫婦を中心とした「プロジェクト粟」が、地域の人々と共に取り組んでいる6次産業化の第一弾となる商品。現在は、農家レストラン「清澄の里 粟」と「粟 ならまち店」のみで提供されている。

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