道の駅とみうら 枇杷倶楽部

達人名:鈴木賢二 Kenji Suzuki 
    道の駅とみうら 枇杷倶楽部 駅長
    株式会社 ちば南房総 取締役 統括部長兼総務部長
ジャンル:農業 Agriculture
千葉県南房総市  Minami-bousou-city Chiba

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特産品を活用した商品開発や、観光資源を組み合わせたツアーを企画
南房総のランドオペレーター的役割を果たす道の駅

旧・富浦町(現・南房総市)は、房総半島の南西部に位置する風光明媚な観光地。しかし、海水浴客で賑わっていた人口約5700人の町は、過疎化が進み、農業・観光業などの基幹産業が衰退。町は地域産業の活性化を図るため、1990年に「枇杷倶楽部プロジェクト」を立ち上げ、特産品の房州びわや花を活用した取組をスタートさせた。出荷規格外のびわを原料にオリジナルブランド商品の開発を進め、1993年に道の駅とみうら枇杷倶楽部(以下、枇杷倶楽部と記載)を開設。自社での販売や卸の他、インターネット販売を行い、びわ生産者と連携した6次産業化を展開。大規模な加工場とは別に、施設内には地域住民が使用できる加工場を設け予約制で貸し出し、生産者単独の6次産業化もフォローしている。また、びわ狩りや花摘みなど地域の観光資源を組み合わせた日帰りツアープランを企画、旅行会社へ営業して団体客を集客するビジネスモデル「一括受発注システム」も構築。2000年には「全国道の駅グランプリ」で最優秀賞を受賞。南房総のランド・オペレーター的な役割を果たしている。
(2014年7月1日 取材・撮影/RPI)

道の駅とみうら 枇杷倶楽部
http://www.biwakurabu.jp/

インタビュー

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基幹産業の衰退、過疎化が進む町をなんとかしたい
町長が決断した、地域産業活性化プロジェクト

02_620C4618_R.JPG「実は、道の駅を作ろうと思って作った道の駅ではないんです。地域と一緒になって活性化するための施設で、あとから、道の駅という名前がつきました」と話す駅長の鈴木さん(53)。 旧・富浦町の地域活性化事業の転換を図るために立ち上げられた「枇杷倶楽部プロジェクト」で責任者となったのは、当時、町役場の観光・企画課長の加藤文男さんだった。プロジェクトを始動していくにあたり、加藤さんは役所内の部署を越えスタッフを招集。また、旧・富浦町出身で大手小売業で勤務していた鈴木賢二さんも呼び寄せた。「行政スタッフは、地域振興をこうやるべきだという方程式は書けますが、実は採算を合わせるというスキルが足りない。そこを民間企業で実績を積んでいる鈴木さんに託しました」と加藤さん。声をかけられた鈴木さんは「故郷の産業活性化のためなら」とプロジェクトに参加。1993年に町が全額出資した第三セクター「(株)とみうら」が設立され、「枇杷倶楽部プロジェクト」はスタートした。

 しかし、地元からは反発の声が上がっていた。特に商工会からの反発は強く、枇杷倶楽部で販売する商品は、地元の商店と競合しないよう調整が図られた。つまり、ターゲットを明確に分けること。枇杷倶楽部は、地域外の観光客をターゲットに、特産品の房州びわ、花などの資源を活かした商品開発と観光バスツアープランの企画営業を進めていった。

地元のびわ農家と枇杷倶楽部が連携した
6次産業化で生まれたオリジナルブランド商品は40品以上

03_620C4842_R.JPG枇杷倶楽部内にある、びわの加工場。びわは鮮度が命。果皮が薄く果肉もとても柔らかいので傷みやすく加工も難しい。皮はひとつひとつ手作業で剥かれている。 房州びわは、南房総一帯で260年以上も前から栽培されていた高級果実。毎年5~6月に生食として主に首都圏に出荷されていたが、収穫された房州びわの約3割は規格外として廃棄されていた。デリケートな果実ゆえ加工には高い技術を要する。枇杷倶楽部の初代駅長となった加藤さんは、商品開発のプロであるM&D研究所の濱田晴子さんをプロデューサーに迎え、規格外びわを有効活用した商品開発を始動させた。

 生産者から規格外のびわを買い取り、枇杷倶楽部では2つの方法で加工・製造を行った。ひとつは、ジャムやピューレなどについて、最終商品の製造まで手掛ける方法、もうひとつは、ゼリーや枇杷カレーなどについて、加工(下処理)したびわを外部の業者に渡し、製造を委託する方法だ。こうして完成した枇杷倶楽部のオリジナルブランドは40種類を超えた。商品は、自社での販売や卸の他、インターネットでの販売も展開。「一番の人気商品はゼリー。そして、思った以上に売れているのが枇杷のカレーです。枇杷倶楽部内のカフェで召し上がっていただいて、気に入った方がお土産で購入されているようです」と、四代目駅長の鈴木さんが案内してくれた。

生産者の協力により高級びわの観光農園がスタート

04_R.JPG肉厚で瑞々しい房州びわを頬張り喜ぶ観光客。年齢層は幅広くリピーターも多い。「生産者としては消費者の声を直接聞けるのが嬉しい」と穂積さんは話す。 枇杷倶楽部は、観光農業の振興にも取り組んだ。旧・富浦町は日本一の生産量を誇るアイリスや東日本一の規模と言われる青木カーネーション団地など、花自慢の町。運営母体は、地域の耕作放棄地を有効活用し、花摘みやイチゴ狩り、野菜狩りなどができるよう整備、観光花摘み農園「花倶楽部」もオープンさせた。敷地内には直売所も設けられ、訪れた観光客相手に、地元の農家の人々が野菜や加工品を販売することができる。鈴木さんが話す。「実は、富浦ではイチゴ生産者がいませんでした。私たちが先駆けて実験して、収入につながるものとわかれば、やり始めてくれる農家さんがいるのではないかと思い実験農場として始めました」。枇杷倶楽部には農業技術者が配置され、直売に適した品種の改良や観光農業に対応した作付け体系の試験研究も併せて行われた。

 もちろん、地域の特産品である「びわ狩り」のプランも組まれたが、高級品の房州びわを観光農園として開放することについて、生産者の間には抵抗があった。地域で一番の規模を誇るびわ生産者の穂積昭治さんもその一人だったが、話し合いを重ね、「地元産業の振興のために」と承諾。穂積さんに続き、他のびわ生産者も理解を示してくれるようになった。

「一括受発注システム」の構築とアクアライン開通で観光客誘致に成功

05_アトリウム(多目的ホール)_R.jpg05_アトリウム(多目的ホール)_R.jpg開放感あふれる休憩室アトリウムでは地元の民話を題材にした人形劇が上演されたり、「枇杷倶楽部茶論」と名付けられた交流会が行われ、文化振興の場にもなっている。 オリジナルブランドの商品が完成しても、観光農園を整えても、ターゲットとなる観光客を域外から呼び込まなくては、産業の振興にはつながらない。枇杷倶楽部は、観光施設や飲食店、民宿など小規模な観光事業者を集約して組み合わせ、観光バスツアーを組み立て旅行会社に営業した。実はこの作業、幅広い利害調整などが必要で、観光会社ではなかなかタッチできない部分。これを枇杷倶楽部が行い、メニューや料金、サービスを規格化し、枇杷倶楽部が観光会社に対して企画営業をする。さらに、集客の配分や代金の精算、クレーム処理までを一貫して行うことができる「一括受発注システム」を構築した。地元に密着した枇杷倶楽部だからこそできたことかもしれない。これにより、以前は週末でも一日10台程度であった観光バスの数が、年間で4千台、12万人のツアー誘致に成功し、閑散期と言われていた南房総の冬にも多くの観光客を呼び込めるようになった。

 1997年には、東京湾横断道路(アクアライン)が開通。観光誘致の大きな追い風となり、年間20万人まで落ち込んだ観光客を100万人まで引き上げた。2000年には「日本一の道の駅」という称号を手に入れ、これにより、枇杷倶楽部の存在に疑問を持っていた地元の人々や、反発していた関係者からも存在を認められるようになった。

枇杷倶楽部の商品開発により生産者が潤い
魅力ある産業にしていき、後継者を育てていく

01_R.jpg枇杷倶楽部では、「南房総いいとこどり」と名付けたポータルサイトを公開。広域的なイベントや地域情報など鮮度の高い情報が発信されており、アクセス数は月20万件を超える。 ここまでの成功の要因を、初代駅長の加藤さんは、「郷土愛が強くて、能力があって、頑張り切れるメンバーが集まってきたので、誰と勝負しているかわからないけれど、この勝負は勝てると思いました」と話す。そして、「枇杷倶楽部は黒字を出すことに存在意義がある」と付け加える。2006年には富浦町を含む、7町村の合併で南房総市が誕生。これにより、枇杷倶楽部の運営団体の株主は富浦町から南房総市に変わり、社長も富浦町長から南房総市長になった。そして、南房総市にある7つの道の駅のうちのひとつとして運営されている。これまで旧・富浦町の人々と築いてきた連携を、合併したエリアにどのように広げていくか、そして黒字をどう維持していくか、これからの課題である。

 また、2011年の東日本大震災の震災の影響を受け、売り上げは大幅にダウン。旧・富浦町の過疎化にも歯止めはかからず、260年の歴史を持つ房州びわの生産者も減少している。鈴木さんが話す。「枇杷倶楽部が売れるびわの加工商品を開発して、原料をどんどん農家さんから仕入れ、魅力ある産業として若い人たちに伝えていけたらと考えています。びわの実は5~6月だけのものですが、びわの葉は通年の収穫が可能です。このびわの葉を使った加工品を今後さらに商品開発していく予定です」。

サポーター

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〜ここで働く仲間、外部でサポートしてくれる仲間がいて成り立っている〜

道の駅とみうら 枇杷倶楽部をサポート

ほづみ・びわランド
穂積 昭治さん(69)

観光農園化でサポートしてくれた、温室びわ栽培の先駆者

サポーター_01_620C4777_R.JPG家業を引き継ぎ、びわ農家となり45年が経つ穂積昭治さん。ハウス栽培は60アール、そして露地栽培を行っている山は80アールにも及び、旧・富浦町では最大規模を誇る。 穂積さんが、びわのハウス栽培を始めたのは1976年から。「露地栽培のびわは南東斜面で栽培していますが、年を重ねると、山間部の急傾斜地での労働負担がかなり大きい。これを軽減させ、暑さ寒さに弱いびわを守り、安定した収穫量を得るためにハウス栽培を始めました」と話す。地域のびわ農家では先頭をきってのハウス栽培で、今後さらにハウス栽培に切り替えていくそうだ。また、千葉県が育成した世界初となる、種なしビワ「希房(きぼう)」の試験栽培にも取り組み、2008年より出荷。出荷後も様々な課題をクリアしていき軌道に乗り始め、大手デパートから引き合いがくるようになった。

 穂積さんと枇杷倶楽部は、穂積さんの規格外の房州びわを枇杷倶楽部が買い取り、枇杷倶楽部は観光ツアー客を穂積さんの観光農園へ誘致しているという関係。高級な房州びわのハウスに観光客を入れることに対し、最初はとまどいがあった穂積さんだが、「地元産業の振興のために」という理由でこれを承諾した。びわ狩りができる観光農園として開放するにあたり、生産者たちは、トイレを整備したり、びわジャムなどのお土産品を用意した。枇杷倶楽部の駅長・鈴木さんは「穂積さんに続いて、他のびわ農家の方たちにも、理解してもらえました。ありがたかったですね」と話している。

新たなびわ生産者の育成と新しいびわの品種作りを

サポーター_02_620C4803_R.JPG深刻な跡継ぎ問題。ほづみ・びわランドは、穂積さんの娘・優子さんが教員を退職して8年前にUターン。現在、3代目として穂積さんの元で修業を積んでいる。 今では、旬の2ヵ月で1,500~2,000人ほどの観光客がほづみ・びわランドを訪れ、房州びわ狩りを楽しんでいる。「美味しかったね。また来年もきたいね。とお客様の声を直接聞けるのは嬉しいですね」話す穂積さん。一方で、地域のびわ農家を牽引している生産者として心配していることがある。それは、現在、400戸ほどある地域のびわ農家の多くに跡継ぎがいないことだ。跡継ぎを育てていくためにも、売り上げが見込める、魅力のある一次産業となるよう、枇杷倶楽部が取り組んでいる、枇杷を使った新商品の開発に期待を寄せている。

 また、枇杷倶楽部に配置されている農業技術者について、「相談に乗ってくれる技術者がいてくれたのは、大変助かりましたね。ただ今後は、試験場の力を借り、新しい品種を作り、レベルの高いびわを作っていかなくては。そのためにも研究者が必要ですし、市や県も巻き込んでいかないといけませんね」と話す。現在、穂積さんは、枇杷倶楽部の運営母体の㈱ちば南房総の副社長も務める。びわ生産者の立場から地域振興に求められることを発信し続けている。

達人からのメッセージ

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枇杷倶楽部では、生産者の方々から房州びわを購入していますが、農家の方々が市場に出される時と同じ値段か、それ以上の値段で購入をします。こだわって作り、こだわって販売できるものであったら、いいものは高く。それでいいと思います。また、枇杷倶楽部は公的な会社ということもあり、平等・平均という言葉をよく使われますが、観光客の視点から見るとそうはいきません。観光施設でも観光農園でも努力されている方のところにお客様はリピートされています。6次産業化はお客様の顔が見える分、お客様の立場になって考えれば、何が必要か自然とわかってくるのではないのでしょうか。

道の駅とみうら 枇杷倶楽部の商品

001 房州びわ
富浦町を代表する特産品の房州びわは、南房総一帯で260年以上も前から栽培されていた果実。特に富浦町での栽培は盛んで、千葉県全体で収穫される房州びわの約7割(毎年600~700トン)を占める。肉厚で瑞々しい房州びわは高級果実としても知られ、明治42年から毎年、皇室にも献上されている。

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002 道の駅とみうら 枇杷倶楽部のオリジナルブランド商品
ジャム、ゼリー、アイスクリーム、飲料など房州びわを使った、枇杷倶楽部オリジナルの商品は40種類を超え、自社での販売や卸の他、インターネット販売も展開している。

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003 完熟びわゼリー
びわの味や香りを凝縮した、南房総産のびわピューレをふんだんに使ったゼリー。道の駅とみうら 枇杷倶楽部で一番人気の商品。

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004 枇杷カレー
カレーの隠し味に使用されるマンゴーチャツネの替わりに、ピューレ状にした房州産のびわ贅沢に使った、枇杷倶楽部オリジナルのびわカレー。枇杷倶楽部内のカフェのメニューにもなっており、注文して食べて気に入ったお客が、お土産用にも買って行くパターンが多い。

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005 びわソフトクリーム
1995年に国内で初めて開発された「びわソフトクリーム」。房州びわを原料に毎朝自社工場で作られ、原料の枇杷は、5~6月の収穫期にびわ農家から加工用として集荷し、年間を通して加工できるよう半製品としてストックしている。一年を通して、枇杷倶楽部カフェの一番の人気メニュー。多い時は一日に千本以上売れることもあり、年間で約10万本を見込んでいる。

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006 びわの葉を使った加工商品
びわの葉を使ったボディソープや入浴剤、洗顔石鹸など。5~6月しか収穫できないびわの実に替わり、通年収穫可能なびわの葉を使った商品開発は、今後さらに力を入れ取り組んでいくことになりそうだ。

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