楠わいなりー株式会社

達人名:楠 茂幸 Kusunoki Shigeyuki
楠わいなりー株式会社 代表取締役
ジャンル:農業 Agriculture
地域:長野県須坂市 Suzaka-City Nagano

紀元前より続く伝統の6次産業、ワイン造り。
一人の男が描いた夢は、やがて人・町・企業を動かす存在に。

1958年に生まれてから高校を卒業するまで、長野県須坂市在住。東北大学工学部へ進み、卒業後は貿易会社と航空機リース会社に勤務した。10年間のシンガポール駐在を含む計20年の会社員生活を送るも、父親の看病のため仕事を辞め、須坂へ帰郷することに。父亡き後、あらためて“自分の手でものづくりがしたい”と考えたとき、気持ちにフィットするのが豊かな自然の中でのワイン造りだった。2003年からアデレード大学大学院でブドウ栽培とワイン醸造を2年学び、2004年にブドウ苗の植え付けを開始、他社ワイナリーの醸造設備を借りながら、自分の育てたブドウでのワイン造りを行う。ようやく自前のワイナリーを完成させたのは2011年。現在はブドウ栽培、ワイン醸造、直営店での販売、と第1次産業から第3次産業までの全てに携わる日々を送っている。
(2013年2月26日 取材・撮影/RPI)

■楠わいなりー

インタビュー

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職人魂も理論も要求されるワイン造りに魅せられ、
42歳で転身を決意

周囲の風景に溶け込めるよう意識してデザインされたワイナリー。建材を三角に組み上げたトラス構造により、内部は天井が高く解放感ある空間に。 ブドウを栽培し、収穫して発酵させ、ワインを造り販売する。ヨーロッパで紀元前2000年ごろにはすでに確立されていたと言われるワイナリー事業は、まさに6次産業化そのものだ。古代より伝わるこの6次産業に惹かれ、脱サラして長野県須坂市に自らのワイナリーを立ち上げたのが楠茂幸さん。ワイン造りを決心したのは42歳、と決して早くはないスタートだったが、ブドウを植えてから7年目には歴史ある他ワイナリーのワインを抑えて賞を受賞するなど、短期間で高い評判を得るようになった。

 「会社員をしているときに、自分の手でものづくりをやりたい、という気持ちが強くなりました。それで思い至ったのが、ワインでした。ワイン造りには、職人的な姿勢も要求されますし、裏側には理論がありアカデミックな部分も要求されます。自分で植えた苗が大きくなって実を結び、ワインになって評価されるプロセスもいい。“こんなことがやれたら”と願っていたことが、一つひとつの工程に凝縮されていたのです。また、ずっと須坂のような田舎で育ってきていましたから、自然の中での生活にも惹かれていました。」と、楠さんはワイン事業へ飛び込んだきっかけを語る。ワイナリー事業を起すまでにかかる想定費用は、1億円。資金を得る目処は立っていなかったものの、1億なら不可能な額ではないだろう、とその時思えたという。

新規就農の近道としてオーストラリアへ留学、
そして故郷・須坂でブドウ栽培をスタート

須坂の土壌や気候は、ワイン用ブドウの生育に最適。楠さんは、湿気対策の風通しと葉の光合成に配慮した結果、畝や株の間隔を広くとって植樹し、枝を上下に誘引する独特の仕立て方を行う。 もともとワイン好きで消費する側だったのが、今度は供給する側へ。しかし、ブドウ栽培もワイン造りも何も知らない。そこで楠さんはオーストラリアのアデレードへ飛んだ。若ければワイナリーに入って研修を受け実践で少しずつ覚えていく手段もあるが、42歳からの出発では近道が必要。系統立てて勉強するのが早い、とアデレード大学大学院に入学したのだ。ワイン造りを学べる大学は世界各地にあるが、アデレードは海外赴任経験で鍛えた英語が使えるし、物価も安い。そうして2年間、ブドウ栽培のテクニック、白ワイン、赤ワイン、スパークリングワインそれぞれの製法を学び、楠さんは再び長野県須坂の地に舞い戻る。

須坂をワイン造りの場に選んだのは、生まれ育った郷里だからという理由だけではない。もともと須坂は農業が盛んで、京都の高級料亭に納入されるほど上質な野菜やきのこ、果物が収穫できる。さらに、地元で“ひたきっぱら”と呼ばれ親しまれている日滝原(ひたきはら)は、扇状地であり水はけが良い。根腐れを起しやすいブドウの樹にとって最適な環境だ。耕作されていない田畑の存在も、楠さんにとってはプラスに働く。優良な農地を借りて、ブドウの植樹を着々と進めることができた。近い将来、自分のワインを造ることを念頭に置いてのブドウ栽培。第2次、第3次産業への展開を意識しながら第1次産業に新規参入するという、他とは異なる視点からの取組であった。

 

旧来の常識にとらわれず品質だけを考えたブドウ栽培で、
評判のワインを造る

楠わいなりーの従業員は3名。いつかは自分もワイナリー運営を、との志を持つ人たちだ。彼らにとって、42歳からの遅い転身ながら短期間で結果を出している楠さんの姿はまぶしく、大きな励みになっている。 畑を確保した次の目標は、醸造設備を整えたワイナリーの建設だ。しかし、候補地がなかなか見つからなかった。場所を考えあぐねているうちにも、ワイン用のブドウが実り始める。ブドウのポテンシャルも知っておく必要があったため、数年間は近隣のワイナリーに醸造を委託し続けた。販売ルートは、主にインターネット上のショップ。その他は不定期に行われるフェアや即売会などに出展し、ブースにて販売を行った。

 まだ少量しか市場に出回っていない初期の頃から、楠さんのワインのクオリティの高さは、多くのワイン業界関係者から話題を呼んだ。目を瞑って飲めば、それが日本産であるとは答えられないほど飲みごたえがあると評価を得たという。高品質の理由を尋ねると、慎み深い楠さんは「やはり、須坂の気候と土地です。テクニック?いえ、あまりないです、普通に造っています。」としか語らない。ただ、オーストラリアで会得した理論と技術が活かされているのは間違いない。日本のワイン用ブドウ栽培は、ときに旧来の常識にとらわれ、日本の風土を考慮せず欧米のスタイルをそのまま持ち込むきらいがある。楠さんは、ただ純粋にブドウの品質だけを考えロジカルに行動した。造りたいワインの味やスタイルを定め、そこへ辿りつくために、畑ではどういう仕立て方でどうケアをすればいいか、常に考えてきたとか。

 

人が、市が、企業が支援に動き、
6次産業化が本格的に始動

ワインに使われるブドウは白ワイン用と赤ワイン用それぞれ5品種ずつあり、シャルドネやカベルネといった欧州系品種が中心。直営ショップでしか入手できない限定ワインは訪問者だけが楽しめる。 ワインの評判が高まると同時に、楠さんを取り巻く環境にも変化が表れた。楠さんを、須坂の人々や企業が応援するようになったのだ。「農業生産法人を設立するための出資者には、議決権なしと最初に断りました。」と楠さんは語る。ワイナリーの運営には専門知識が必要で、またブドウを育ててからワインを販売するまで時間も経費もかかるからだ。それにも関わらず出資者が続出。増資に増資を重ねて今や6,665万円にもなる。「『1年に1ぺん皆で楽しくワインが飲める機会があれば、それでいいのよ』と言ってくださる出資者の方もいらっしゃいます。おかげで、資本金だけを見れば須坂で5本の指に入る企業になってしまいました。」と楠さんは照れる。

 2011年には念願のワイナリーがようやく完成し、思い通りのタイミングと方法で自家醸造ができるまでになった。運営に弾みをつけるべく、楠さんは同年に六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画の認定を受けた。認定をきっかけに得た補助金は、新商品をアピールするパンフレットやポスター、ホームページの制作に役立て、近い将来にはスパークリングワインの醸造場建設をも視野に入れているという。また、須坂市地域力創造ブランド化促進化事業の認定第1号となり、市からのバックアップ体制も整った。たった一人、夢を追って創始した須坂でのワイン造りが、多くの人を巻き込んで町を代表する産業へと変遷していく様は、6次産業化の存在意義を如実に指し示してくれる。

サポーター

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ここで働く仲間、外部でサポートしてくれる仲間がいて成り立っている

長野県須坂市長の三木正夫さん(左)。
「楠さんは、ただ夢を追うだけではなく、経営や資金繰りの計画がパーフェクト。経営の専門家が舌をまくほど、分析能力があるのです。」と、三木さんは楠さんの手腕を褒める。行政が1企業を支援することに反対するむきも一部あるが、三木さんは意に介さない。「楠わいなりーのブランド力が高まれば、『ワインがうまいのは原材料がいいから』『須坂の農産物はいい』と、富士山方式で他にも好影響が出ます。それに、楠さんは自分だけ良くなろうと思っていないのが分かるから、応援したくなるんですね。もちろん、行政は黒子に徹するべきですが。」と語り、楠さんの今後の展開に期待を寄せている。

 

オステリア・ガットのオーナー、成澤篤人さん。
オステリア・ガットは、長野駅そばのイタリア料理店。ソムリエとしてワインの選定も行う成澤さんは2年前に楠さんと知り合い、楠わいなりーのワインを店で提供するようになった。日本ワインは生産者のキャラクターが大事だとの信念を持つ成澤さんは、楠さんを「いい意味で変わっている人。」と評する。楠さんが来店することもあれば、店のスタッフとともに収穫の手伝いに出かけることもあり、交流を続けている。

達人からのメッセージ

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ワイナリーのある須坂市は6次産業化だけでなく、農商工に観光を含めた農商工観連携にも力を入れています。6次産業そのものであるワイナリーは、1つだけでも観光目的にはなりますが、飲食店があったり、おいしいチーズがあったり、温泉があったり、となると訪問先が増えていきます。観光名所を急に作るのは難しいですが、ワイナリーをきっかけに広がっていけば。そして、いい原料がとれる場所でチャレンジさせてくれた地域の皆さんにどういう形で還元できるか、これからも考えていきたいです。

 

 
 
 
 
 
 
 
 

楠わいなりー株式会社の製品

001 メルロー2011 キュヴェ・マサコ
一定以上の品質と認められたものだけが、長野県原産地呼称認定委員会の許可を得て長野産を名乗ることを許される。2013年2月に行われたワイン官能審査会において、この赤ワインは原産地呼称認定を得たばかりでなく、審査員奨励賞までも受賞した。この年、非発泡性ワインで奨励賞に選ばれたのはわずか2本のみ。ワイン名は若くして亡くなってしまった友人の名にちなむ。

 

002 シャルドネ2011(左)/シャルドネ アンウデッド2012(左)
2本とも同じシャルドネ種を用いているが、違いは木樽使用の有無だ。左は木樽で熟成させたことでボリューム感のある熟した風味を持ち、上記のメルロー2011キュヴェ・マサコと並んで2013年に長野県原産地呼称認定委員会の認定を得た白ワイン。右はステンレスタンクにて醸造し、よりフレッシュな味わいに仕上げられている。

 

003 キャンベル・アーリー 辛口
愛称は「ペンギンズ・リープ」。須坂市動物園から3度も脱走し世間をにぎわせた活発なペンギンが、ラベルにコミカルな姿で描かれている。アメリカ原産のキャンベル・アーリー種を用いた透明感のある赤ワインで、イチゴを連想させるフレッシュな香りを放つ。他、同じキャンベル・アーリーで甘口のタイプも揃う。

 

004 カベルネ・フラン 2011
フランスのボルドー地方を代表するブドウ品種のひとつ、カベルネ・フランで造られた赤ワイン。本来、幾つかの品種をブレンドし味わいのバランスをとるのがボルドー流だが、2011年はカベルネ・フランの出来がよかったため、楠木ワインの特徴である優美さで優しさが表現されたタイプだ。